本記事は、当社のアドバイザーであり、長年にわたり大手コンビニエンスストアで様々なご活躍を重ねてこられた小林敏郎氏によるものです。本シリーズは三部構成になっており、小林氏によるユニークな視点でリテールとメーカーにおける商品情報の課題やデータ連携の価値について焦点をあてて執筆いただきました。
第3章ではデータを利用する目的およびデータ連携のあるべき姿について考察し、結局のところデータ連携によってどのような価値がもたらされるのか、どのような未来が創られるのかについて考えてみます。
データを使って何を目指すのか
ビッグデータ、データ分析、データサイエンス、データサイエンティスト、データマイニング、データ・・・今、世の中には「データ〇〇」という言葉が溢れかえっていますが、結局のところデータを使うことで何を目指しているのでしょうか。リテールにおいてはしばしば「売上はお客様の評価」と言われます。売上を上げるためにデータを使うのであれば、それはつまりお客様からの評価を上げるためにデータを使うと言い換えることもできます。
ただ、「売上を上げるためにデータを使う」という表現と「お客様からの評価を上げるためにデータを使う」という表現では少々印象が異なります。この記事をお読みになった方にはぜひ後者の「お客様からの評価を上げるためにデータを使う」という表現を使っていただきたいと思います。何故なら売上を上げるためにと考えてしまうと、どうしても「お客様」の存在がないがしろになってしまうからです。
例えば、ある商品の売上が上がらなかった時「どうしたらこの商品の売上を上げられるのだろう?」と考えてしまうことが多いと思います。そうすると、例えば値引きなど安直な販売促進策を打つなど小手先の対策をとることが多くなるのではないでしょうか。一方で、「なぜこの商品はお客様の評価が得られないのだろう?」と考えると、まず最初に「商品」そのものの課題を考えようとするはずです。商品そのものに課題がある場合に、コストを掛けて販売促進策を実施するなど愚の骨頂ですが、これが結構行われているのが現実です。悲しいですが。
データを使うことでお客様の評価を上げ、結果的に売上が上がる。昔の言葉でいえば「三方良し」の状態を目指すことが大変重要だと筆者は考えています。
リテールとメーカーのデータ連携のあるべき姿
第1章で解説した通り、現状のリテールとメーカーのデータは個別最適化された状況になっており、データ連携できている状況とはお世辞にも言えません。すなわちリテールサイドでは各社が商品マスタを構築運用しており、収集可能なデータが拡大する中で投資余力があるリテールではDXという名のもとに、データサイエンティスト泣かせのデータの追加が行われています。一方で、メーカーサイドでも自社ECサイトでの直販やWeb広告展開等によるDMP(データマネジメントプラットフォームの略)の構築/運用を通じて様々なマーケティングデータを収集したり、商品やブランドについて各種調査を実施したり、リテールから匿名加工されたPOSデータを購入したりなど、これまた様々なデータ活用を行っています。
上記の通り、リテールからの匿名加工された購買データのメーカーへの提供などデータ連携が始まっているものの、まだそれは一部に過ぎません。
もちろん筆者はリテールやメーカーが自社の売上を上げるために個別最適化されたデータを保有することを否定する訳ではありません。むしろ各社が個別最適化されたデータを持つことには賛成ですし、これは企業の競争戦略上必要なことだと思います。
一方で、現状ではデータ収集にコストがかかりすぎるということが大問題だと捉えています。例えば商品評価に関する情報の場合、メーカーサイドは調査等でこれを確認します。ある商品を実際に購入したお客様を対象に調査会社を使って調査する場合、一定程度のサンプル数を確保しようとすると数十万円~数百万円のコストが発生します。もちろんこのコストは商品価格に上乗せされて結果的にお客様である消費者が支払うことになります。
もしこの調査を実施する代わりに、リテールの購買データを連携して使えればどうなるでしょう。ある程度調査の代わりになるデータ・・・誰が買っているか(性別・年代・価値観等)/いつ買っているか/何と一緒に買っているか/どの程度の頻度で買っているか/競合する商品は何か/繰り返し買われているか(リピート率等)・・・が取得可能になるのではないでしょうか。
また、メーカーがリテールに提供する商品マスタに使われるデータ(第1章で説明した不変情報)がある程度固定化出来たとしたらどうでしょう。これまで、リテール各社別にメーカー側が準備したデータに加工する手間が省け、人的コストが削減できるのではないでしょうか。
リテールとメーカーとのデータ連携が進めば、上記のようなデータ収集に関するコストが大きく削減されることは間違いありません。そうなれば、自ずと削減されたコストは製品の改善や製品価格などに反映され「お客様の評価を上げる」ことに繋がるのではないでしょうか。
結局、最後は「お客様の評価を上げるためにデータを使う」という最初の目的に戻る、というのがデータ連携のあるべき姿だと筆者は考えます。
データ連携の「価値」とは
データ連携によりもたらされる価値は①商品価値の向上、②コスト削減、③消費者体験の向上であると筆者は考えています。以下、それぞれの価値について解説します。
商品価値の向上
リテールとメーカーのデータ連携により拡張されたデータは商品の開発・改善に大きな影響を与えることはこれまでの経験上断言できます。例えば、コンビニエンスストアの場合、多くのオリジナル商品を開発し、販売しています。ある意味自社完結でリテールとメーカーのデータが連携されている状態にあるわけです。
そのため、オリジナル商品を開発する際には統合された様々なデータからその商品のターゲットを定め、ターゲットに合わせた素材や味付け、パッケージ、容量、価格、ネーミングまで検討されます。そして、開発された商品は一部エリアでテスト販売され微修正されたのち発売されるのです。
こういったデータを使っていることが商品価値の向上に効率的に繋がり、毎年のようにコンビニ発のヒット商品が産まれる大きな要因の一つであると考えます。
コスト削減
コスト削減については、前項で商品調査に関するコストとメーカーがリテールに商品情報を提供するコストについて触れました。それ以外にも例えば、新商品開発に関するコストの削減が考えられます。①でコンビニの商品開発について述べたように商品コンセプトを考える際に拡張されたデータがあれば下調べに関するコストは削減可能ですし、そもそも筆者は新商品の数が多すぎること自体が問題だと考えています。この問題はいわゆる「新商品至上主義」的な商習慣が影響しています。特に、コンビニでは新商品を毎週発売することで限られた売り場を常にフレッシュな状態にして、売上を上げ続けるという手法が長年続けられてきましたし、今でもその傾向があります。しかしながら、実際のところ各種データを見ると2000年くらいから1店舗当たりの売上高の成長は頭打ちになっています。タバコの値上げなど考慮すれば、タバコ以外の売上はむしろ下がっている可能性も高いです。新商品の開発/発売に際して、メーカーでは設備投資やTVCM等の広告コストなど膨大なコストが発生しますが、これも全て販売価格へ転嫁されているのは言うまでもありません。データ連携が進み売れる商品の開発確率が上がり、かつひと工夫すれば売れる可能性が高い商品をデータから導きだして改善し育てるような仕組みが構築できれば、さらに大きなコスト削減が図れると筆者は考えます。
消費者体験の向上
上記①、②で取り上げた内容はそのまま消費者体験の向上につながります。すなわち商品価値が高い商品を購入できるようになったり、今までよりも適正な価格の商品を購入できたりするからです。
さらに大事なのは「自分にとってより良い商品に出会える確率が上がる」ことだと筆者は考えます。つまりリテールとメーカーのデータ連携が進んで個々の商品情報が拡張されると、様々なキーワードから消費者は好みの商品に到達することが可能になりますし、リテールやメーカーからすると、その商品の持つ様々な価値が可視化されいわゆるOne to One マーケティング等にそれを活用することでその商品のニーズが高いお客様に商品のご案内が可能になります。結果的に消費者体験が向上するのです。
エピローグ
以上、「第3章:データ連携がもたらす価値』を以て本記事は完結となります。いかがだったでしょうか。言うまでもなくデータ連携は目的ではなく手段です。あくまでも「お客様の評価を上げるため」にデータを連携して、高精細化されたデータを分析し、精度の高い仮説を組み立ててアクションするのです。
ただし、データ連携するためには解消すべき様々な障害があります。それを解決するための一つの手段として「Lazuli PDP」などのサービスが存在しています。データ連携するためのハブとなる機能としてこういったサービスを使うのは大変リーズナブルだと思います。
筆者の個人的な希望を言えばリテール・メーカー・卸の三者が共同で運用でき、かつ商品検索機能の一部をデータの追加収集を目的に消費者サイドにも提供可能な商品マスタを包含するデータハブ的なサービスがあれば大変便利なのでは!?と考えています。
最後になりましたが、今後リテールとメーカーのデータ連携が進み、その結果として自身を含め、多くの消費者が、まだ出会っていない素晴らしい商品やサービスに出会えることを心より願っております。
終