/

/

「198円」はなぜ変わらないのか――上田晃三先生が語る、POSデータが解き明かす物価の謎

「198円」はなぜ変わらないのか――上田晃三先生が語る、POSデータが解き明かす物価の謎

製造

製造

小売

小売

POS分析

POS分析

No headings found on page
No headings found on page
No headings found on page

スーパーの棚には「198円」「199円」という価格が溢れています。インターネット化が進み、値札の付け替えコストはゼロに近づいているはずなのに、なぜこの数字は変わらないのでしょうか。

早稲田大学政治経済学術院の上田晃三教授は、日本銀行での14年間の研究を経て、現在もミクロデータを用いた物価研究を続けています。Lazuliの「外食AIリサーチ」データを活用した論文の掲載を機に、研究のさらなる深みをお聞きしました。


前回記事:早稲田大学 上田教授が挑む物価指標研究の進化──Lazuliの「外食AIリサーチ」で消費の実態を可視化 (事例記事・2025年7月)


研究の出発点――「サービス分野の価格」という空白地帯

CPIの研究において、スーパーやコンビニの商品(財)に関するPOSデータの分析は以前から進んでいました。しかし、外食をはじめとするサービス分野の購買データは、長らく入手困難な状態でした。

「消費者物価指数は人気の高い品目しか扱っておらず、中小企業や個人店が十分に反映されているとは言えない」と上田先生は語ります。全体を代表するデータとしての限界は、研究者の間でも以前から認識されていた課題です。

Lazuliの「外食AIリサーチ」は品目・テーブル・店舗・時間のレベルで価格と販売数量を取得できます。価格だけでなく数量データまで得られる点が物価指数研究において決め手となり、2025年2月から研究に活用されています。さらにメニュー情報もAIにより構造化されているのが大変有意義なところもポイントです。

外食AIリサーチは1,500店舗以上の飲食店POSデータを統合・整形して提供するサービスです。前週のデータが反映されるため、月次発表のCPIより速いタイムリーな物価把握が可能です。


「集計するとCPIと一致する」――ミクロデータが示す統計の信頼性

個別の品目価格は店舗ごと、時期ごとにバラバラに動いています。しかし外食AIリサーチの全品目を集計した物価指数は、政府のCPIとほぼ一致する動きを示しました。

「バイアスが少なく、信頼できるデータだと言えます」と上田先生。これはCPIの妥当性を支持する結果である一方で、集計の内側には公式統計が捉えきれていない動きが多数存在することも示唆しています。

(上田先生)「フードとドリンクで価格変動の傾向は異なり、店舗ジャンルによって物価上昇の幅も大きく変わります。マクロの数字の裏に、ミクロの現実が積み重なっています。」

例:フードとドリンクを分けて分析すると、ドリンクの物価上昇が緩やかであることが判明。需要の違いが価格設定に反映されていると考えられます。


「値段は同じ」でも実質値上げ――シュリンクフレーションの実態

今回の研究で改めて注目されたのが「シュリンクフレーション(内容量減少による実質値上げ)」です。

表面上の価格を据え置いたまま、提供量を減らすという手法は、外食の現場でも確認されています。

品目ごとの物価指数とテーブル単位の支払い指数を比較したところ、後者がやや高い伸びを示しました。上田先生はこれを「内容量の減少で、見た目の価格以上に実質的な値上げが行われていることを示唆している。」と解釈しています。

また2019年10月の消費税10%引き上げのタイミングに合わせて価格を見直した企業が多く、データ上でもそのタイミングが明確に読み取れます。消費者が感じる「ものの値段」は、公式統計が示す数字よりも複雑な動きをしています。


「198円」の謎――末尾価格とメニューコストのパラドックス

では冒頭の問いに戻りましょう。なぜ「198円」は変わらないのでしょうか。

スーパーには「198円」「199円」という価格が溢れています。この「末尾9」の価格設定(チャームプライシング)は、消費者に「安い」と感じさせる心理的効果を持ちます。そして上田先生の研究が示すのは、この末尾9の価格が非常に変えにくいという事実です。たとえば199円を200円にするのは容易ですが、299円にするには100円以上の引き上げが必要になります。「数字の慣習」が、価格変更の実質的なハードルになっているのです。

ここで一つの「パラドックス」が生まれます。インターネット化・電子化により、値札の付け替えコスト(メニューコスト)は大幅に低下しているはずです。にもかかわらず、価格の硬直性はほとんど変わっていません。


「数字によって決まっている部分が大きい」と上田先生。価格設定はコストだけでなく、消費者の心理・数字の慣習によって根本的に規定されているという示唆です。この知見は金融政策の名目的効果を議論する上でも重要な前提となります。


「1位商品で我慢、2〜4位で吸収」――値上げ戦略の非対称性

原材料費の上昇局面において、企業がどのように値上げを実施するかのパターンも確認されています。

データが示すのは、お店の看板メニューは価格を据え置き、2番人気以降のメニューで値上げを吸収するという非対称な戦略です。ブランドの「シンボル価格」を守りながら、消費者の目が届きにくい周辺商品で利益を確保する——現場の肌感覚とも一致する、データが裏付けた行動パターンです。小売・メーカーの価格戦略を設計する上で、実務的な示唆を持つ知見といえます。


給料日・年金日の前後で、17%購買行動が変わる

もう一つ印象的な知見が「給料日・年金支給日効果」です。

消費者が手元のキャッシュフローに敏感に反応しているこの現象は、小売業者にとって販促タイミングの設計に直接活かせる知見です。さらに近年のキャッシュレス化(「お金を使っている感覚が薄れる」)が購買行動をどう変えるかも、今後の研究課題として挙げられています。


消費者は「(大きく表示された)税抜き価格」よりも「(小さく表示された)総額」を見ている

消費税に関しても興味深い発見があります。消費者は税抜き価格よりも税込みの総額を意識して購買判断を行っているという「価格イリュージョン効果」です。

小売・外食の価格表示設計において、「本体価格+税」の見せ方が消費者の行動に影響を与えることを示すデータであり、実務的な観点からも注目に値します。


日常の価格に、経済のリアルが宿っています

スーパーの「198円」、12月の忘年会需要、給料日後の買い物——日常の風景のひとつひとつに、消費者行動と経済の論理が刻まれています。それを可視化するのが、POSデータを活用したミクロ研究です。

ただし上田先生は、「あくまでマクロの動きを証明するために、ミクロな動きに注目している」また、「今回のような産学連携は、企業のビジネスと、学問を通した社会基盤への貢献がうまく噛み合っている」と語ります。

外食AIリサーチを通じた産学連携が、こうした研究の深化に貢献できていることを嬉しく思います。

今後もLazuliでは、研究者・実務者の方々との連携を通じて、データが拓く新しい知見をご紹介していきます。


外食AIリサーチ・Lazuli PDPについてのお問い合わせ:lazuli.ninja/contact