
中国は、AIで何をしようとしているのか|Lazuli Executive Briefing 2026.10.1
こんにちは。
Lazuli CEOの萩原です。
先週、Anthropic CEOのAmodeiのメッセージに関する内容をコラムで書きましたが、最近はAIに関して「米国対中国」という構図をよく目にします。
OpenAI、Anthropic、Googleを擁する米国。
それに対して、DeepSeekやAlibabaのQwenなど、中国のAIも急速に存在感を高めている状態です。
では、そもそも中国はAIで何をしようとしているのでしょうか。
個々のAIモデルについてはニュースで目にするものの、中国という国がどのようなAI戦略を描いているのか、私は具体的に知りませんでした。
そこで今回は、習近平国家主席の発言や中国政府が発表している政策を中心に、中国のAI戦略について少し調べてみました。
調べてみると、単に「米国に負けないAIモデルを作る」という話ではなく、計算資源、データ、AIモデル、AIエージェント、そしてロボットや自動車、工場まで。
中国はAIを、デジタルの世界だけではなく、産業や物理世界そのものへ広げようとしています。
中国が進める「AI+」
中国のAI戦略を理解するうえで、まず重要なのが「AI+(人工智能+)」という政策です。
考え方自体はシンプルで、
AI産業そのものを大きくするだけではなく、AIを製造、物流、エネルギー、交通、金融、医療、教育など、あらゆる産業や社会活動に組み込んでいく。
中国政府は、その普及目標まで設定しています。
2027年には新世代のスマート端末やAIエージェントなどの普及率を70%以上にし、2030年には90%以上にする。
そして2035年には、AIを経済や社会のあらゆるところに浸透させた「智能経済・智能社会」を実現するという構想です。
つまり、中国が考えているAI戦略は、
AIをインターネットや電気のような、社会や産業を支える基盤にしようとしている。
そう考えると、最近中国で起きているさまざまな動きがつながって見えてきます。
AIは「デジタル世界」から「物理世界」へ
象徴的なのが、習近平国家主席自身の発言です。
2026年7月に上海で開催されたWorld AI Conferenceで、習近平国家主席はAIについて、「デジタル世界から物理世界へ」という方向性を示しました。
これは非常に重要な方針を示したと思います。
これまで私たちが体験してきた生成AIの多くは、基本的にはデジタルの世界にいました。
文章を書く。
画像を作る。
コードを書く。
資料を作る。
情報を検索する。
しかし、そのAIが次に向かうのが物理世界です。
AIがカメラやセンサーを通じて現実世界を認識し、自ら考え、実際に身体を動かす。
自動車を運転する。
工場で作業する。
倉庫で商品を運ぶ。
家庭で人をサポートする。
その中心にあるのが、ロボットや自動運転、そして「Embodied AI(具身智能)」です。
なぜ中国でロボットが盛り上がっているのか
最近、中国のヒューマノイドロボットを目にする機会が一気に増えました。
中国ではヒューマノイドロボットによるマラソンやサッカー、格闘技などのイベントが行われ、世界ヒューマノイドロボット競技大会まで開催されています。
一見して疑問に思うのは、「なぜ人の形をしているか?」
しかし、中国のAI戦略を知った上で見ると、少し違って見えます。
ロボットが歩く。
走る。
ボールを見る。
相手の位置を認識する。
次の行動を判断する。
転倒したら立ち上がる。
そこでは、
認識 → 理解 → 判断 → 行動 → フィードバック
という、AIが物理世界で活動するために必要な能力が試されています。
つまりロボットは、AIに「身体」を与える存在でもあります。
生成AIがデジタル世界の中で急速に賢くなった次に、中国はその知能を現実世界へ出そうとしている。
そう考えると、
AIモデル → AIエージェント → Embodied AI → ロボット・自動車・ドローン・工場
という一本の流れが見えてきます。
そして、中国には巨大な「物理世界」がある
中国には自動車、EV、バッテリー、ドローン、家電、スマートフォン、産業機械、ロボットなど、非常に幅広い製造基盤とサプライチェーンがあります。
つまりAIがデジタル世界から物理世界へ進むほど、中国が持つ既存の産業基盤との接続が重要になってきます。
AIだけを開発するのではない。
AIと製造業を一緒に進化させる。
これが中国のAI戦略を考えるうえで、とても重要なポイントだと思います。
AIを動かす「土台」も国家レベルで作る
もちろん、AIをあらゆる産業に入れようと思えば、AIモデルだけでは足りません。
大量の計算資源
データセンター
ネットワーク
そして何より、AIが学習し、判断するためのデータが必要になります。
中国政府はAIの基盤として、
Compute(算力)
Algorithm(算法)
Data(数据)
を一体で整備しようとしています。
全国規模の計算資源ネットワークを作り、AI向けの大規模な計算クラスターを整備する。
同時に、製造、エネルギー、交通、教育、医療、金融などの領域で、高品質なデータセットを構築していく。
ここも非常に興味深いところです。
中国は「AI化された社会」を作ろうとしている
こうして全体を見てみると、
計算資源、データ、AIモデル、AIエージェント、そしてロボット、自動車、工場まで。
それらを国家レベルでつなぎ、社会や産業そのものをAI化していく。
中国が描いているのは、そんな構想なのだと思います。
そして、米国が中国のAIを強く警戒する理由の一つも、ここにあるのではないでしょうか。
実際、トランプ政権はAIのためのデータセンターだけでなく、それを動かすための発電所や送電網まで含めて、AIインフラの整備を急速に進めています。
米国政府の「America’s AI Action Plan」には、米国の発電能力が長く停滞してきた一方で、中国は急速に電力網を拡大してきたことが明記されています。
つまり米国も、AIの競争が「どのモデルが一番賢いか」だけではないことを強く意識しているのだと思います。
AIを動かす電力があるか。
計算資源があるか。
データがあるか。
そして、そのAIを実際の産業に組み込めるか。
中国にある世界有数の製造業とサプライチェーン。
そこにAIが本格的に組み込まれていけば、AIは単なるソフトウェアではなく、自動車、ロボット、ドローン、工場、物流など、現実世界の競争力そのものになっていきます。
トランプ政権が発電所やデータセンターまで含めた巨大なAIインフラ整備を急いでいる背景にも、こうした中国の国家戦略への警戒があるのかもしれません。
AIそのものがどこまで賢くなるのか。
それだけではなく、
AIを動かすインフラを作り、社会や産業をどこまでAI化できるのか。
中国のAI戦略を調べてみると、AIをめぐる国家間の競争は、すでにそこまで広がっていることが見えてきます。
では、日本はどうするのか
中国のAI戦略を調べながら、最後に考えたのは日本のことです。
AIがデジタル世界から物理世界へ広がっていくのであれば、日本が長年培ってきた製造技術、ロボット、工作機械、素材、精密機器、そして現場に蓄積されたデータやノウハウの価値は、これまで以上に重要になる可能性があります。
しかし、それをそのまま「日本にはチャンスがある」と考えるのは少し楽観的かもしれません。
中国は、AIモデルだけを作っているわけではありません。
電力や計算資源を整備し、産業ごとのデータを集め、AIエージェントやロボットを普及させ、それを巨大な製造業やサプライチェーンにつなげようとしています。
しかも、それを国家戦略として同時に進めています。
日本に優れた製造技術や現場データがあることと、それらをAI時代の競争力に変えられることは、まったく別の話です。
むしろPhysical AIの時代になれば、日本企業が持つ技術、設備、データ、サプライチェーンそのものが、海外企業から見てこれまで以上に価値のある資産になる可能性もあります。
中国企業による日本のメーカーや技術企業への出資・買収が増えていく、ということも考えられるでしょう。
だからこそ、日本に必要なのは「製造業が強いから大丈夫」という議論ではないと思います。
日本が持っている産業資産を、誰がAI時代の価値に変えるのか。
日本企業自身なのか。
海外のAI企業なのか。
あるいは、中国を含む海外の産業プレイヤーなのか。
中国のAI国家戦略を見ていると、日本にとって重要なのは「AIモデルをどうするか」だけではなく、日本が長年蓄積してきた産業資産を、AI時代に誰が握るのかという問題なのかもしれません。