
AI時代の商品データが切り拓く小売業の未来〜EC・店舗の壁を溶かす「商品データの共通言語化」〜:Product Data Future Session Vol.1
商品データ未来会議の幕開け
現代の小売業において、「商品データ」の定義は劇的な変容を遂げています。かつては在庫管理や会計処理のための「事務的な記録」に過ぎなかったデータが、今や企業の競争優位性を決定づける「戦略的資産」へと昇華しました。背景にあるのは、生成AIの急速な普及です。消費者の商品購買プロセスは、従来のキーワード検索から「AIによる文脈を汲み取った提案と発見」へと移行しています。この転換点において、データの精度と一貫性は、単なる利便性の問題ではなく、ブランドが市場に「存在し続けられるか」という生存戦略そのものとなったのです。
こうした危機感と展望を共有すべく、Lazuli株式会社は「Product Data Future Session(商品データ未来会議)」を始動しました。本セッションは、AI時代における商品データの理想的なあり方を、実務と戦略の両面から探求する場です。
第1回となる今回は、デジタル・EC領域の第一線で数々の企業変革を牽引してきた、エバン合同会社 代表の川添 隆氏をお招きしました。
伴(Lazuli): 「川添さん、本日はありがとうございます。今日から始まるこのセッションでは、『AI時代に商品データをどう扱うべきか』という問いを掘り下げたいと考えています。川添さんは長年、現場の最前線でデジタル変革を指揮してこられましたが、今このタイミングで商品データが再注目されている本質は何だとお考えでしょうか」
デジタル領域の荒波を実務家として、そして組織変革の伴走者として渡り歩いてきた川添氏。その独自の視点は、商品データという一見テクニカルな課題の裏側に潜む、日本企業の「組織的病理」を鮮やかに解き明かしていきます。
実務と支援の両輪で培われた「変革の視座」
川添氏は、単なる「ECの専門家」の枠に収まる人物ではありません。その経歴の真髄は、組織内部から変革を成し遂げてきた強固な「実務家」としてのバックグラウンドにあります。
かつてメガネスーパーにおいて、EC売上を1億円から10億円規模へと成長させた推進力・関係構築力は、現在の支援スタンスや活動の礎となっています。現在はエバン合同会社として、EC・DX推進に取り組むメーカーや小売企業、広告代理店やSaaSなどの支援企業に対し、正解のない経営・現場の課題に一緒に向き合いながら、深い伴奏型の支援を行っています。 2026年3月にはデジタル領域の推進をリードする人材の育成に特化した新会社「株式会社GIVE&GROW」を設立。組織そのものが「自走」できる環境作りと、”組織の壁”を突破するリーダー層の育成へと活動の幅を広げています。
川添氏が数々の修羅場で直面した最大の壁は、テクノロジーの欠如ではなく「優先順位の不一致」と「組織の適応」でした。デジタル推進が加速しても、その企業の主力となる現場の意識や体制が乖離していれば、どんな高度なシステムも形骸化する――。この血の通った実体験に基づく洞察が、現在の同氏の支援スタイルを支えています。
伴:「実務家としての苦労が、現在の支援活動、あるいは新会社での人材育成においてどのように活かされているのでしょうか?」
川添氏:「事業会社にいた頃は、スピード感を持って一貫した施策を打つことが最優先でした。しかし支援側に回って気づいたのは、多くの企業が『縦割り組織の弊害(サイロ化)』によって、本来の目的を細切れに受け取り、協働するコストが爆上がりしているという事実です。私は支援する際、単なる正論を吐くサポーターではなく、現場の担当者、部門長、そして経営者それぞれの立場に『憑依』し、「今何をやるべきか?」とどうすればその組織の力学を動かせるかを常に追求しています」
この「組織の分断」という課題が、具体的にどのような形で「データの分断」を招いているのか。議論の核心へと踏み込みます。
商品データの現状と「サイロ化」という構造的課題
小売業の現場において、基幹システム(MD)と顧客接点(EC・店舗)の間には、深刻な「質的乖離」が存在します。本来、シームレスであるべき商品情報が、組織の壁によって断絶されているのです。
現状、現場で起きている「不都合な真実」を整理すると、以下のようになります。
商品マスターにおけるデータの質的乖離
項目 | 基盤(MD/販売管理)側の現状 | EC/顧客接点側での必要要件 |
データ項目 | 品番(SKU)サイズ、カラー、価格、原価などの会計・発注情報が中心。 | 品名、素材、サイズ感に加え、厚み、採寸情報など購買を左右する属性。価格は、商品×期間でのセール価格や、会員ランクごとの価格など、販促に合わせた多様な情報。 |
カテゴリ | 管理・集計の便宜上の雑な分類。 | 検索性・カテゴリから探すために必要な道標となる分類。また、商品データフィード型広告やAIの推薦精度を高める精緻な分類。 |
属性情報 | 商品の基本的なスペック情報のみで、顧客視点の文脈が欠落している。あるいは未整備。 | ユーザーが想起できる範囲で統一された一貫性のある物性情報。さらに、AIが商品を深く理解し、自律的に発見・推薦するために必要な「コンテキスト」を構造化したタグデータ。 |
時間軸 | 販売日の管理はあるが、実態と乖離。 | 正確な販売開始日(鮮度管理・初動分析に不可欠)。 |
この表が示す「属性情報」の乖離を具体的にイメージするなら、システム側は「価格:4,980円」「身幅:55cm」という客観的な事実(スペック)しか保持していないのに対し、ユーザーは「5,000円くらいで出産祝いのお返しに向いているギフト」や、「幅広め・袖長め、着丈短めのリラックスフィットのTシャツ」といった、主観的なニュアンスや利用シーン(文脈)で商品を探索しているような状態です。
また、「販売開始日」の不整合は、鮮度が求められる小売やECビジネスにおいて致命的なインパクトを及ぼします。開始日が不正確であれば、新商品の「初動消化率」「販売からの経過日数」を正しく算出できず、結果として定量的な鮮度管理に基づく適切な意思決定(追加発注やマークダウンの判断)を誤らせることになるからです。
伴:「私たちは、データをAIが理解できる形に整える『AI-Ready』の概念を提唱していますが、実際にはMD側の仕事が数十年前から変わっておらず、データの出口だけが拡大している歪な状況です。」
川添氏:「まさにそこが日本企業の弱点です。MD側の商品・製品マスターは発注・生産管理や販売分析、会計のためだけに存在し、マーケティング、顧客体験、AI活用という視点が欠落している。一方でEC担当者も、社内の商品情報や画像を見ながら商品コメントを作成するような業務として固定化してしまっている。その結果、売り手側の属人的な判断による情報が中心となり、顧客が比較検討したり納得するためのコンテキストが欠落したまま、AIという高速なエンジンを動かそうとしても、適切な出力が得られるはずがありません。」
小売主導による「顧客接点最適化」の合理性
データ整備の主導権を誰が持つべきか。この問いに対し、川添氏は「販売側(小売)が自ら整えるほうが合理的である」と断言します。メーカーに完璧なデータを期待するよりも、顧客に最も近い小売側が自社の戦略に合わせてデータをクレンジング・付加価値向上させる方が、経済的にも戦略的にも合理的だからです。
この戦略的合理性を体現しているのが、巨大プラットフォームの事例です。
Amazon: ASINという独自の識別番号で情報を統合し、複数のセラーから提供される情報を自社基準でコントロールしている。
ZOZOTOWN: メーカー提供のデータに頼らず、独自の精緻なカラー・デザインマスターを定義し、自社で引き直すことで圧倒的な検索体験を実現している。
小売が独自の「データマスター」を支配することは、単なる効率化ではありません。それはメーカーとの関係において強力な交渉力を生み、何より「AI時代のSEO」において勝利するための条件となります。
伴:「Lazuliの提供価値も、まさにこの『小売主導のデータ最適化』にあります。ここを整えない限り、AIが商品を正しく認識・推薦する未来は訪れません。」
川添氏:「同感です。AI時代の最大のリスクは、データが不十分なために『AIに発見されない(存在しないものとされる)』ことです。AIでお買い物を完結させるというよりも、選択や納得する強力なサポートツールになりつつあり、この流れは不可逆でしょう。その中で、商品データが整っていることは、もはや推奨の精度を高めるためではなく、発見されるための生存条件なのです。」
AI時代の組織論:正論を越え「顧客の声」を仕組みに変える
テクノロジー導入を成功させる鍵は、システムを「目的」ではなく、顧客価値を拡張するための「環境」として捉え直すことにあります。成功を収める組織には、共通の行動指針が存在します。
顧客の声(VoC)への回帰と逆転の発想:
昨今、顧客接点が限られるメーカーがD2C事業やSNSを通じて必死に顧客の声を拾い上げているのに対し、膨大な顧客接点を持つ小売側がその活用を怠っている、または活用が仕組化されていないという皮肉な現象が起きています。消費者がECや店舗で執拗に検索したり詳細を確認したりする行動は、情報欠落による「不安の表れ」です。この不安を解消するデータ整備こそが、最優先の仕組み化事項となります。
主観をロジックで昇華させる:
「データがないから判断できない」と立ち止まる組織は多い。しかし、川添氏は顧客理解を重ねて顧客に憑依した形で、個人の実体験や「主観」を仮説として提示することの重要性を説きます。多くの人が主観をビジネスに持ち込むのを避けるのは、客観性の欠如を責められることへの恐怖や、それをロジックで説明する負担(心理的コスト)があるからです。しかし、主観という「種」を、最小限のデータで裏付け、仕組みへと昇華させるプロセスこそが組織を動かす原動力となります。
伴:「とはいえ、組織の中で新しいことを始めようとすると、必ず既存部門の反発に遭います。組織を突破するためのコツは何でしょうか?」
川添氏:「絶対に『正論』をぶつけないことです。意図しなかったとしても、正論は相手を攻撃したり、拒絶反応が出やすくなります。大切なのは、他部門の制約や痛み、本当はやりたいことを理解した上で、『どうやったら実現できるか』という共創のスタンスを取ること。相手の立場を尊重しつつ、先にGIVEするくらいのスタンスで、共通の目的(利益や顧客体験)に向けて、現実的な落とし所を一緒に探る粘り強さが求められます。」
オセロの石を一枚返すことから始まる未来
DXやAI活用という言葉が踊る中、私たちは組織全体を一気に塗り替えるような壮大な計画に目を奪われがちです。しかし、川添氏が提示する未来は、もっと手触り感のある、希望に満ちたものです。
「商品マスターまわりで“組織の壁”がありそうなら、全部を一気に変える必要はありません。オセロの石を一枚返すように、まずは自分の隣にある小さなまとまりから変えるために、関わる人に協力してもらえばいい。例えば、特定のカテゴリーだけとか、在庫点数のトップ10からでいいから『販売開始日』を正確に入れる、あるいは顧客が求める特定の情報を一つ追加する。そして、結果を分析して次の仮説を立てる。『全てを変えないと…』から、相手もこちらも変えやすいところから、まず実行をする。その小さな変化が隣の石を動かし、やがて盤面全体を塗り替えていくのです。それでも動かないなら、外部のツールやソリューションを使う。Lazuliのような外部ソリューションで、商品データの収集から自動で充実化(エンリッチメント)を図る。その成果を基にして、社内を動かしていくパターンもあるでしょう。」
AIという、かつてないスピードで進化するテクノロジーを前にして、立ちすくむ必要はありません。すべてを自社だけで完結させようとせず、外部の専門知見をレバレッジしながら、気づいた人が一歩を踏み出すこと。その「最初の石」を置く勇気が、商品データの分断を解消し、小売業の未来を切り拓くトリガーとなります。
伴: 「本日は貴重なお話をありがとうございました。『商品データが整っていることが当たり前の世界』を作る。それが結果として、顧客にとっても企業にとっても幸せな未来に繋がると確信しました。Lazuliとしても、その第一歩を支えるパートナーとして邁進してまいります」
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商品データの真の価値を定義し直すときは、今、この瞬間の一歩から始まっています。