
「AIの勝敗はコンテキストで決まる」——ラスベガスで見えてきた、Agentic Commerce実装の最前線
Lazuli 代表取締役 CEOの萩原です。
Google Cloud Next 2026の2日目を終えました。
初日に「Agentic Commerceは実装と競争のフェーズに入った」と感じましたが、2日目はその解像度がさらに上がりました。Lowe's、Macy's、Cox、そしてAnthropicのセッションを通じて見えてきたのは、AIの勝敗を決めるのはモデルの性能ではなく、コンテキストの設計だという点です。
AIは「検索」から「相棒」へ──Lowe'sが示す次世代リテール体験
米国大手ホームセンターのLowe’sは「ECの進化の次の一手」としてAgentic Commerceを進めていました。「検索を高度化する」ことではなく「顧客と対話し、文脈を理解するAIパートナー」をつくることでした。
従来のECはキーワード検索を起点に商品を探し、困ったら別導線でサポートに問い合わせるという、「分断された体験」が前提でした。Lowe'sはこの構造自体が限界を迎えていると指摘します。顧客が本当に求めているのは、「自分の家の状況や過去の購買履歴を理解し、プロのように助言してくれる存在」だからです。
その答えが、2つのAIエージェントです。
Home Manager
「Home Manager」は"住まいのパーソナルアシスタント"。
「今週末にできる庭の手入れは?」と聞けば芝刈り機のメンテナンスなど具体的なタスクを提案しToDo化、サブスクリプションサービスと連携して訪問予約の変更まで完結します。裏側では単一の巨大AIではなく、タスクごとに専門化されたサブエージェント群が連携する設計になっており、実用性と拡張性を両立しています。
Mylow
「Mylow」 は"購買体験を再定義するショッピングエージェント"。
配管の写真をアップロードするだけで「水漏れ修理」と意図を理解し、必要な部品・工具・修理手順まで提示します。「モダンなバスルームにしたい、予算は1万ドル」という曖昧な要望にも対応し、文脈を維持したまま商品提案からカート投入までを一気通貫で実現します。

注目すべきはその開発スピードです。これらの高度なエージェントが、わずか4〜6週間で実装されています。顧客の状況を跨いで記憶する「長期メモリ」を組み込むことで、単発の会話ではなく"継続的な関係性"を実現しています。
これからのリテールにおけるAIは、「商品を探すためのツール」ではなく、「顧客の意思決定を支える相棒」へと進化していく——Lowe'sの事例はそれを明確に示していました。
「買う理由」まで設計する──Macy'sが実現する"Fluid Commerce"の衝撃
Lowe'sが"相棒としてのAI"を示した中で、Macy'sが提示したのはさらに一歩先の世界——検索・購買・購入後体験までを一気通貫でつなぐAgentic Commerce「Ask Macy's」でした。
「4月にラスベガスで行われるテックカンファレンスに登壇するための、昼夜使えるドレス」——従来の検索では処理しきれないこの曖昧なリクエストに対し、「Ask Macy's」はラスベガスの気候・会場の室温・イベントのドレスコードまで推論し、最適な商品を提示します。
ここで重要なのは、検索精度ではなく「意図理解の深さ」です。
さらに、AIは会員データからユーザーのサイズを把握し、レビュー数百件を瞬時に分析。「この商品は小さめなのでワンサイズ上がおすすめ」という、購買に直結するインサイトを先回りして提示します。ユーザーは「選ぶ」だけでなく、"失敗しない選択"まで支援される状態です。
決定的なのが「購買の自信」の設計です。全身写真をアップロードするだけでリアルタイムの仮想試着が実現し、購入への心理的ハードルを一気に下げます。

この体験は購入後も途切れません。サイズが合わなかった靴の交換でも、AIは過去の会話・購買履歴をすべて記憶。説明不要で代替商品を提示し、店舗在庫を確保、QRコードで受け取りまで完結します。ここにあるのは、オンラインと店舗の統合ではなく「顧客体験そのものの一貫性」です。
驚くべき点は、この仕組みがわずか4週間で本番導入され、すでにAI経由の顧客はカートサイズが4倍というインパクトを出していることです。

これからのコマースは、「商品を見つける」でも「便利に買う」でもなく、"買う理由と確信をいかに設計できるか"の勝負になります。そしてAIは、その中心に立ち始めています。
コンタクトセンターは「コスト」から「成長エンジン」へ──Coxが実証したAI変革
これまでカスタマーサポートは、多くの企業にとって「コストセンター」でしたが、Coxの事例は、この前提が大きく変わり始めていることを示しています。鍵となるのは、AIエージェントを単体で導入するのではなく、"基盤から順に積み上げていく"アプローチです。
Coxが最初に着手したのは、チャットボットの開発ではなく、社内に散在していたナレッジの統合——いわば「コンテキストの整備」でした。
ここで重要なのは、AI導入の本質が"UIの刷新"ではなく"情報構造の再設計"にあるという点です。
その上で立ち上がったチャットエージェント「Oliver」は、ローンチ1ヶ月で自己解決率が10%向上、9ヶ月後には17%改善。さらにアップセルにも展開し、コンバージョン率36%を実現しています。つまり、AIは「問い合わせ対応の効率化」だけでなく、「売上を生むフロント機能」へと進化しています。
続いて同社は最も難易度の高い「音声」へ踏み込みます。
音声エージェント「Olive」はチャットで構築したナレッジとプレイブックをそのまま活用し、自己解決率をさらに30%向上。2週間でパイロット立ち上げ、スピードと、AIカウンシルによる強いガバナンスを両立させる設計が、実運用に耐えるAI導入の条件を示していました。
カスタマーサポートはもはや「問い合わせに対応する場所」ではなく、「顧客体験と収益を同時に生み出すエンジン」へと変わりつつあります。そしてその変革は、AI単体ではなく「コンテキスト設計」から始まっています。
AIの性能は「モデル」ではなく「コンテキスト」で決まる──Anthropicが示す新常識
ここまで見てきた各社の事例に共通しているものがあります。それは、AIの価値が「どのモデルを使うか」ではなく、「どんなコンテキストを与えるか」で決まっているという点です。
Anthropicのセッションは、この本質を最も技術的に深く掘り下げたものでした。
まず押さえるべきは、エージェント時代における「コンテキストの爆発的な増大」です。従来のプロンプトはシンプルでした。しかし現在のAIエージェントは、ツールの実行結果、RAGによるドキュメント、短期・長期メモリなど、あらゆる情報をコンテキストとして抱え込みながら動きます。

ここで重要なのは、単純な"量の問題"ではないという点です。コンテキストを増やすほど、モデルが処理すべき情報同士の関係性は指数的に増加し、結果として精度が下がるという逆説が生まれます。
ではどうするか。
答えはシンプルで、しかし実装は難しい。「必要な情報を、必要なタイミングでだけ渡す」という設計です。
例えば、データの命名規則やスキーマを整備するだけで、AIは余計な説明なしに構造を理解できます。あるいは、使うツールをすべて事前に渡すのではなく、「ツールを探すためのツール」を用意し、読み込みを遅延させる。つまり、コンテキストは「詰め込むもの」ではなく、「動的に供給するもの」へと変わります。
この思想は、開発環境にも具体的に現れています。AnthropicのClaude Codeでは、コンテキストの中身を可視化し、不要な情報を削ぎ落とすためのコマンドが用意されています。さらに、知識を一箇所に集約するのではなく、ディレクトリごとに分散配置し、必要に応じて読み込ませる設計が推奨されています。
これはまさに、「AIにとっての情報設計=組織におけるナレッジ設計」そのものです。
Anthropicのメッセージは明確です。これからのAI活用において重要なのは、プロンプトの工夫でもモデル選定でもなく、「情報の流れそのものをどう設計するか」——コンテキスト・エンジニアリングこそが、AIエージェント時代の競争力を決定づける中核になっています。
AIの勝敗は、コンテキスト設計で決まる
2日間を通じて、確信がさらに深まりました。
Lowe'sとMacy'sは顧客の意図を深く理解するコンテキストを設計し、購買体験を根本から変えていました。Coxは社内ナレッジの整備から始め、サポートを収益を生む接点へと変えました。そしてAnthropicはその設計思想を技術的に言語化しました。
AIエージェントの価値は「賢いモデル」だけでは生まれない。
これからのAI活用では、顧客の文脈をどれだけ深く理解し、必要な情報をどれだけ適切なタイミングでAIに渡せるか、が競争力になっていくと感じました。
Lazuliとして、引き続きこのAI時代の商品データ整備のご支援をさせていただきますので、ご興味がある方はご連絡ください。
萩原 | Lazuli CEO Google Cloud Next 2026 Day2 現地レポート|2026年4月、ラスベガスにて