
AI時代でもSAPがなくならない、本当の理由|Lazuli Executive Briefing 2026.8.6
こんにちは。
Lazuli CEOの萩原静厳です。
今回も、私自身がとても考えさせられた記事をご紹介したいと思います。
世界のAIトレンドをつくる投資家 “a16z”
先日、シリコンバレーを代表するベンチャーキャピタル a16z(Andreessen Horowitz) が、
「Why the World Still Runs on SAP(なぜ世界はいまだにSAPで動いているのか)」
https://x.com/seema_amble/status/2033597563585368197
という記事を公開しました。
a16zは、OpenAIをはじめ、DatabricksやFigmaなど数多くの世界的テクノロジー企業へ投資してきた、シリコンバレーを代表する投資会社です。
その発信は、単なる技術解説ではなく、「AI市場は次にどこへ向かうのか」という視点から語られるため、多くの経営者や起業家が注目しています。
そんなa16zが、最新のAIエージェントでも、LLMでもなく、「SAP」について長文の記事を書いたのです。
「なぜ今さらSAPなのか?」
最初は私も少し意外に感じました。
しかし、これはSAPを解説する記事ではありません。
生成AIがここまで進化した今、
「なぜ企業は旧来の堅牢なシステムをAIで置き換えないのか」
「AIは企業システムを本当に変えられるのか」
という、多くの人が抱いている疑問に答えようとした記事だったのです。
私は、この問いに対する答えこそが、これから数年間のエンタープライズAIを考える上で、とても重要な示唆を含んでいると感じました。
なぜ世界中の企業はいまだにSAPを使い続けているのか?
記事は、非常にシンプルな問いから始まります。
生成AIがここまで進化した今、
「AI時代なのだから、もっと使いやすい新しいシステムに置き換えてしまえばいい」
と思う方も多いのではないでしょうか。
実際、SAPを使ったことがある方ならご存じの通り、決して使いやすいソフトウェアではありません。
画面は複雑で、操作も難しく、設定変更には多くの時間とコストがかかります。
それでも世界中の大企業は、SAPを手放そうとはしません。
なぜでしょうか。
その理由を、記事では非常に印象的な言葉で表現しています。
「SAPはソフトウェアではなく、企業そのものだから。」
企業には、何十年もかけて築き上げてきた会計ルール、承認フロー、権限設計、組織構造、業務プロセスなど、その企業ならではの知識やノウハウがあります。
その多くは設計書にきれいに整理されているわけではなく、長年のカスタマイズや運用を通じて、SAPの中に少しずつ蓄積されてきました。
つまりSAPを置き換えるということは、単にソフトウェアを入れ替えることではありません。
企業が何十年もかけて積み上げてきた知識や業務の仕組みそのものを作り直すことを意味します。
だから、新しいERPを入れ替えようとしても簡単にはいきません。
実際、大規模なERP刷新は数年単位、数百億円規模の投資になることも珍しくなく、多くのプロジェクトが当初の計画どおりに進まないのが現実です。
AIなら、もっと使いやすく、もっと賢いERPをゼロから作れる
生成AIがここまで進化した今、なぜSAPそのものをAIで作り直さないのでしょうか。
AIなら、もっと使いやすく、もっと賢いERPをゼロから作れるはずです。
しかし記事が伝えたかったのは、
「企業にとって価値があるのはソフトウェアではなく、その中に蓄積された知識や業務そのもの」
だということです。
企業ごとに異なる承認フローや価格ルール、例外処理など、その多くは設計書には書かれておらず、何十年もの運用やカスタマイズを通じてERPの中に蓄積されています。
つまり企業が本当に持っている資産は、「SAP」という製品ではなく、その上に積み重ねてきた企業固有の知識です。
だからAIが優秀になっても、その資産をゼロから作り直すより、今ある資産を理解し、活用できるようにする方が現実的であり、価値も大きい。
この記事の最も重要なメッセージはこの部分だと言えるでしょう。
AIが果たす役割 “System of Action”
では、AIは企業システムに対して、どんな役割を果たすのでしょうか。
記事が示している答えは、とてもシンプルです。
「AIはシステムを置き換えるのではなく、人とシステムの関係を変える。」
これまで人は、SAPを開き、目的の画面を探し、必要な項目を入力し、複数のシステムを行き来しながら仕事をしてきました。
AI時代には、その役割が逆転します。
人は、
「この取引先を登録して」
「返品処理を進めて」
「今月の売上を分析して」
と、"やりたいこと"だけを伝えればよくなるのです。
その指示を受けて、AIがSAPやSalesforce、ServiceNowなど複数の基幹システムを横断し、必要な処理を実行します。
つまり、人がシステムを操作するのではなく、AIがシステムを操作する世界です。
記事では、この変化を、
System of Record(企業のデータや業務ルールを蓄積する基盤)
から、
System of Action(AIが業務を実行する基盤)
への進化と表現しています。
これは、ERPがなくなるという話ではありません。
ERPはこれまで通り企業の「記録基盤」として残り、その上でAIが仕事を実行する「実行レイヤー」が新たに生まれる、という考え方です。
AIが既存システムを全て置き換える?
生成AIが登場したとき、多くの人が思い描いたのは、
「AIが既存システムを置き換え、企業そのものを変えてしまう未来」
だったのではないでしょうか。
しかし、少なくとも今はまだ、そこまでは至っていません。
AIが変えたのは、企業システムそのものではなく、人と企業システムの関わり方です。
これまでは、人がSAPやSalesforceなど複数のシステムを開き、必要な情報を探し、画面を操作しながら仕事を進めていました。
これからは、人は「何をしたいか」を伝えるだけで、AIが複数のシステムを横断し、必要な情報を集め、処理を実行してくれるようになります。
つまり、人は「SAPを使う」「Salesforceを使う」という発想ではなく、「仕事をする」という発想へ変わっていくのでしょう。
これは間違いなく大きな変化です。
一方で、企業システムそのものがAIに置き換わったわけではありません。
ERPやCRM、PIMといった基幹システムは、これまで通り企業の知識やデータ、業務プロセスを支える存在であり続けます。
AIは企業そのものを作り変えるのではなく、企業が長年築き上げてきた仕組みを最大限活かすための技術になっているのです。
もちろん、10年後は分かりません。
AIネイティブなERPやCRMが生まれ、企業システムそのものが大きく変わっている可能性は十分にあります。
しかし、少なくとも現在のエンタープライズの現場を見る限り、その未来はまだ先の話です。
だからこそ今、多くの企業が取り組むべきことは、「AIですべてを変える」ことではなく、「AIが力を発揮できる環境を整える」ことなのではないでしょうか。
そして、その延長線上に、AIを前提にゼロから設計されたソフトウェアが少しずつ生まれ、やがて既存の企業システムそのものを置き換えていく時代が来る。
私は、この記事はその未来への過渡期を描いたものなのだと感じました。
AIは魔法ではありません。
しかし、人の仕事の進め方を変え、その積み重ねが、10年後の企業システムそのものを変えていく。
そんな未来を想像させてくれる、とても示唆に富んだ記事でした。
萩原 静厳
CEO, Lazuli株式会社